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July 2022 の投稿一覧です。
カテゴリー: 総合
投稿者: ryokusei
今日も、朝病院にきていたら
讃岐山脈の向こうに
大きな入道雲がでていて
早速、病院についてからしらべたら
高知市近くの入道雲だった。
へーー――――
と、朝から、
小さな幸せをかんじているのでした。

7月の上旬に、
病院で ”今年はセミの鳴き声がすくないなー“
といったとたん
一斉にセミが鳴き始めた。
“あんなこと言わなきゃよかった。。”

“あつい”
暑さを倍増する鳴き声である。
シャーシャーシャーシャー
と明らかにクマゼミ
<br />
朝になく習性なので
とにかく、朝がうるさい
家の庭の一本の木に
取りつき
多いときには10匹以上
止まっていることがあるから、
とにかく朝は、まどを開けれないほど
うるさく鳴いている
シャーシャーシャーシャーと
暑さ倍増!。

こどもの頃は、いとこのところへいって(脇町)
毎日、かごいっぱいになるまでセミを捕まえていた。
あのころはアブラゼミが多かった気がする。
<br />そういえば
鳴き声をきいていると
アブラゼミが減ったような気がするが

調べてみたら、原因はよくわからないが
西日本、特に瀬戸内地方では激減してるらしい。
また、セミの代表の
ミンミンゼミの
声も聞かなくなったような気がする
(東北地方が主力で生息しているらしい)

あと、前の3種類ほどはでではないが、
昼間にニーニーゼミがいる
この年になれば、
セミの鳴き声か
耳鳴りかがわからないような
鳴き方をする。

ご存じの様にセミは
成虫になるまで数年間かかり
成虫になると2週間ほどで死んでしまう。
それを考えると
地球上の生命というのは、
やはり、偶然の産物で、
生きているというより
生かされているのだという
悲哀を感じてしまう。

悲哀といえば、
セミの鳴き声も、
暑さがすぎれば

盆のころより
そして、夏の終わりをかんじさせる
ツクツクボウシ
(やや発現が他のセミよりおそい)

そして夕方を感じさせる
ヒグラシ
(夕方近くになく習性があるようだ)
の声を聴くと

夏の夕方や、夏の終わりを
感じさせる悲哀を感じる。

この暑さは、早く過ぎてほしいものの
時間はもっとゆっくりすぎてほ
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投稿者: ryokusei
検診での透視はいつまでするのだろう。

今年も検診が6月から
あっているのだが、今年も
胃の検診で透視を時々やっている。

当院で、透視を希望される方には
説明しているのだが
胃の透視はとても細かいところまでは
分からない。

私が若いころは、まだ、透視が
重要視されていた。
と、いうのも、一つは、内視鏡が
いまほど普及していなくて、
内視鏡をできる医師もすくなかった
また、一般的な開業医では
透視の装置すらないところが沢山あった。
そんな中で胃がんを見つける方法は、
透視に頼るしかなかった。

私、若いころ胃班にいたものだから
透視の当番が当たると一日中透視
レントゲンを浴びすぎて昼過ぎには
気分が悪くなっていた。。。。
そんな時代。

当時は、小さな病変をだすために
精密透視といって、鼻からチューブを入れて
造影剤や空気を出し入れしてまでして
小さい病変を透視で見つけていた。
そんな、時代に生きていたので
上手いとはいわないが、下手な方ではないと
思っている。(私よりまだ上の人は私より上手かも
しれない。)
また、検診を中心にしている病院は、レントゲン技師の
人が透視をして、医者がその結果を読んでいる。

透視は、結果を見るより
やりながらおかしいところを見つけて、
そこを中心にいろんな角度から見ることが多い。
それでも大きな病変を見逃すことが
多々あった。
(丁度、胃を見るのが透視から内視鏡に
うつりつつある時代に
両方検査して比べる機会が結構あったので
結構大きな病変もうつらないことが
あることが経験的にわかってきた)

それよりもなによりも
内視鏡の制度の上昇である。
もともと、
内視鏡は、光ファイバーをつかって
手元でその像を見る装置であったのだが、
ICDカメラの進歩は目覚ましく
さらに、今は偏光技術の進歩で
ほとんど今までにはとても見えなかった
病変が見える様になった。

極端な話、
透視では描出不可能な平坦な
病変の色調変化だけで
病変を見つけることができる様に
なったのだ。

さらに、さらに、
専門的なことを言えば
今、胃のピロリ菌感染率が
激減して、今、胃の病変で最大の問題は
ピロリ未感染の胃の病変や
ピロリ除菌後の胃の病変の検出なのだが、
こともあろうに
これらの病変は、非常にわかりにくい
病変が多いのである。

さらに付け加えて
小さな病変であれば条件がそろえば
おなかを開けずに内視鏡で切除できる。

そんなこんなで、
検診で透視をする意味が
だんだん薄れてきている。。。。

最大の問題は、お金

内視鏡の機械をかえば高級外車が十分帰る
また、内視鏡一本買うと国産の普通車が買える。
つまり、内視鏡室には
高級外車と国産普通車が
並べてあるようなもの。
だからどうしても内視鏡をすると
お値段が高くなってしまう
(透視の機械も高級外車が買えるけどね)

だから、内視鏡をしたいわけではないけれど
どうせ、胃の検査をするなら
内視鏡をおすすめします。

だって箱の中のものを
外から見るのと
中から見るのでは大違いでしょ。
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投稿者: ryokusei
中途半端な夏がやってきた

なかなか変な天気がつづきますが
皆さまいかがお過ごしでしょうか

最近は、そのおかげで、
大気が不安定で、
病院の窓から周囲を見渡すと
ドッカン、ドッカンと
入道雲がでているのが見える様に
なりました。

入道雲の思い出といえば
子供の頃
讃岐山脈の上に湧き上がる大きな
入道雲や
岡山の方向に出る
入道雲が上空で高松まで伸びて来たり
夜に岡山方向に稲妻が光るのが見えるのを
思いだす。

雷の直下にいると大変だけれども
遠くの雲間に光る稲光はなんとも美しい。

この季節の入道雲を見る私の小さな小さな楽しみは、
入道雲を見て、どこに発生しているかを
確かめること。。。。。。


私、基本的にバカなので
遠くを見ることが好きで、
讃岐山脈の間から見える遠くの山を見て
どこの山が見えるのか、をよく調べていた
高松は、どうかしたら
讃岐山脈の間から剣山が見えるところがある。
この坂出からは場所によっては
石鎚山が見えるところがある。。。。。。
ということをこそっと楽しんでいる
湿度が低くてカラットした腫れた日には
それらを探してしまう。

同じ様に
入道雲がでたら
ネットで雨雲レーダーを見て
どこで発生しているか見る。

医院からいえば
五色台方向のかなたに出ているのがみえると
神戸だったり大阪だったり

基山方向に見えると
綾川だったり、遠くは、脇町だったり

岡山方向に見えたときは
岡山上空だったりどうかすれば
鳥取の上空うでできた入道雲だったりする。

久米川病院にいたころは、和歌山や奈良、
高知で出来ている入道雲なんかが見えて、
今頃、神戸や奈良は大雨だな~なんておもって
かってに楽しんでいた。
というか、遠くに見える入道雲の下は
京都だなんておもうと
あんなに行くのに時間がかかる場所が
あの雲の下にあるんだと思うと
なにかしら旅愁を覚えるのである。

こんなバカなことで楽しんでいるのは
私だけかとおもいきや
山に関しては、カシミールという
有名なソフトがあり、
どの地点からどこまで見えるかという
ソフトがあって
富士山が北は福島から見えるとか
西は和歌山から見えるとか
ソフトでさがして写真を撮っている
人までいる。

究極でいえば、天文観測もそうかもしれない
あの空に見えるかすかな光が、
とてつもなく遠くからやってきているんだ
とおもったり
何十年、何百年前に
その星から発せられた光だとおもうと
なんとも不思議な
感触をえるのである。

日常の忙しい日々のなか、
コロナで陰鬱となった雰囲気のなか
入道雲をみたら
ネットの雨雲レーダーを見て
そういう楽しみをしてみるのもいかがかな。

追伸。。。。。。。。
空をながめて
飛行機がとんでいたら
ネットで、(フライトレーダー24)
何の、どこの会社のどこからどこまで飛ぶ
飛行機がすぐリアルタイムで検索できる。
それもまた

いとおかし。

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投稿者: ryokusei
今週は、大変な事件が

今週は、安部元総理の殺害事件という
あまりにもショッキングな
事件が起こりました。

いろいろな思いや、意見があろうかとは
おもいますが、
一個人としてではなく、
医者として感じたこと。。。。。
(救急にたづさわったことがある
医者としての冷静な目でいえば)

あの状態で血液を多量に輸血しながら
手術して
もとにもどそうとしたこと
に驚きを隠せなかった。

医者の目からすれば
倒れた写真をみると
ほぼ即死状態。

“AED”という声が
とんだといいますが、
以前にもいったとおり
AEDは魔法の道具ではありません。

ある、一定の不整脈の状態に
反応する機会であって
決して心臓が止まっているのを
動かす魔法の機械ではないのです。

心臓が止まっていたらこそ
通電できないのです。

それを通電できるのは
カウンターショックという機械で
AEDでは無理です。

そのうえ、あの状態では、
おそらく心破裂か大血管の損傷による
大量出血による心停止がおこっている
のでAEDが無効であるどころか
心マッサージもおそらく
ほとんど効果がない状態と
かんがえます。
(ながれる血液がない状態で
心臓マッサージをしても
頭に血がいかない)
(下手をすれば止まりかけの
心臓、傷んだ心臓を破裂させて
しまいます)

そこで即、脳への循環が
たたれているために、
奈良県立医大に到着した
ころには、どうあがいても
脳死状態なのです。

それを無理やり大切な
血液を大量に使いながら
心、血管の損傷を治そうとした
というのがとても信じられなかった。

まちがいなく、一般の人では
しないことなのです。
おそらく上からの至上命令で
しかたなくしたのだとは
思いますが、、、、、、

おそらく銃撃が手術室でおこっても
たすけることは不可能だったと
推測されます。


医者というのは
現場の真ん中でいたら
興奮状態になって
目の前の患者をわき目もふらず
どうにかしようとすることがある。

こういう事件を見ると若いころの
経験が走馬灯の様に頭に浮かんでくる。

若いころ、麻酔科にいたとき
出血の緊急手術で麻酔をかけていて
出血のために心停止して
なにをしても心臓が動かなくなった
ことがある。
術者に心停止をつたえても
ずっと手術をつづけていて
手術をやめさせたことがある。

ほかにも自殺で
下大静脈を17cm切ってきて
(おなかの中の大きな血管)
緊急で手術をして
その時は助手だったので
いろいろしていたが、
出血が多すぎて
血がまにあわなくて
普通の点滴をどんどんいれていっていたら
ほとんど出てくる血が
水の様になって
どうしようもなくなって
術者にもうあきらめるように
手術を止めさせたこともある。

それもこれも
また、医者になって1年目の時に
自分の持ち患者さんが
手術中に大出血を起こし
その時はなんとか命をとりとめたが
ほとんど脳死状態になってしまって
忘れがたい経験があったからかも
知れない。

命の大切さと
救命の引き際は
医者として
永遠の葛藤の様な気がします。。。

と今週は真面目にかんがえたりして。
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投稿者: ryokusei
干ばつがやってきた

香川県人のあるあるで
毎日、この時期になると
早明浦ダムの貯水率を見てしまう。

だいたい、新聞に毎日ダムの貯水率が
のっていたり、
ローカルニュースで

毎日ダムの貯水率を流したりするのは
香川県だけではなかろうか。。。。
家にポリタンクが常備されている
県も珍しいのではなかろうか。

また、庭の木への水まきや
洗車を周囲の目を気にしながら
する地方もこの地方
独特のものかもしれない。

昔、高松砂漠といわれた
1974年、
大変な断水の状態であったのだが、
実をいうと、私の家は断水しなかった。
というのも、私が住んでいる藤塚町の3丁目は
もともと沼地で周囲より土地が低い
(そのおかげで大雨ですぐ冠水するのだが)
その上に病院だったので
地下に貯水タンクがあったおかげで
断水になっても周囲の水道管の
水が流れ込み
断水にならなかった。
(井戸水は赤さびが強く使えない)
そのおかげであまり苦労しなかった。

今思うと、高松市民は
あの小さな内場ダム
(郷東川の上流、塩江の奥)
に頼っていたのだから、
心もとなかったのだ。

1975年に香川用水が
完成して、
安心した香川県人は
どんどんため池を埋めて行ったのだが、
いざ、水不足になると
唯一吉野川がながれていない
香川県にはすぐ取水制限をされてしまう。
あさはか、あさはか。。。。


早明浦ダム、池田ダムができると
子供のころの吉野川の水量が
おちて、なんだか寂しかった覚えがある。

今では大きな堤防ができているが。
脇町はその昔は、
洪水の時は、あのうだつの
街並み付近まで水がきていたらしい。

その次の
1994年の渇水は
大変だったらしいが、
私は、九州にいたため
経験していない。

そのおかげで、2005年の渇水の
時は、なにをどう用意したらいいのか
わからなかったので、
ポリタンク、大型のポリバケツ、
ひしゃく、紙のさら、サランラップ
水、そして風呂の水くみのポンプ
なんかを人に聞いていち早く用意したら
確か、その直ぐ後で台風がきて
一機に水不足が解消した。

ことしは1994年より悪いペースらしいが
どうなるのだろうか。
本当の渇水を経験していない私は
やや心配なのである。。。。。。。

そろそろ水を買おうかな。。。
そうすれば雨が降るという
ジンクスがあるのだが、
今回はどうだろうか。。。。

滝宮で雨ごい祭りでも
してくれないかな。。。。