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投稿者: ryokusei
親不孝通り


以前にも言ったことがあるが
私、大変優等生だったもので
勉強というものをほとんどしたことがなく
(嘘だとおもわれるかもしれないが
本当に、塾にもかよわず、
教科書、問題集はほとんどさらの状態)

当然現役で、大学に受かるわけもなく
受験している段階で予備校を探して
いたのだが、
高松だけからは出たくて
いろいろ東京や、大阪で、予備校をさがしていたのだが、
結局、おやじもさすがに
このドラ息子がやばいとおもったのか
福岡のおやじの知り合いが関わっている
予備校に行くなら金を出すということで
福岡に行くことになった。
(おやじが九州大学だったので)

博多は、マー高松に比べると
都会だし、親元からはなれた
解放感もあり1年間パチンコで稼いでは
天神で買い物をするという
典型的なダメ浪人生。

人生で、初めて勉強したのは予備校の2年目
突然、3浪したくないという思いと
このままだと、人生ダメになるという
思いが出現して突然
予備校の2年目より勉強を始めた。
さすがに1年の勉強で九州大学の医学部は
無理だったのだが、
その年に受かった大學で一番の伝統校が
福岡の久留米大学だったのでそこにいったのだが。。
(我が家はどうもいろいろ福岡に縁が
あるみたい。。。。他にもいろいろ)

話は若干それるのだが、
当時は、予備校生はおおよそ半分は
ダメ浪人生。
(おいでみなさん聞いとくれ、ぼくは
かなしい受験生♪♪~((高石ともや))の
少し後の時代)

福岡に以前、大きな予備校が2校あって
そこと天神の駅を結ぶ道路を
“親不孝通り”と呼ばれていた
まさしく、その通りとおもっていたのだが、
いろいろな批判や情勢で
廃止になった(予備校もなくなり)

この“親不孝通り”の呼び名はいかにも
昭和のハイセンスと人々の
暖かさが感じられるいい愛称で
予備校生自体が自分の境遇を思い知らされる
いい呼び名だったと思うのだが、

その廃止に平成の時代の
人間の余裕のなさを感じる

それがまた周囲の商店が
廃れた人通りを復活させるために
もう一度“親不孝通り”が復活
した様だが

これもまた逆に令和の時代の
世知辛(せちがらさ)さを感じるのである。


医学部は他の学部と比べて
やはり部活をする時間が圧倒的に
少ないのだが、
当時は、各大学、各部活に結構
全学の選手がいて
(もちろん結構その人達は代返で
講義にもあまり出てない。。??)
また、その人達が結構医者に
なって学を修めたりしている。

なんともおおらかな時代だったし
当時の人間性の余裕さえ感じる。

こんなたわいもないことにさえ
時代や社会、人の心の余裕のなさや
窮屈さ、世知辛さを感じるのである。

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投稿者: ryokusei
お上のやることは。。。。

突然、ワクチンを打つ医者が
すくないので、金をだす???

こちらは青天の霹靂(へきれき)

ワクチン接種の律速段階(打つスピードを
決定しているのは)
ワクチンのこちらにやってくる量で
決まっている。

どちらかといえばワクチン待ち。
当院でも裏の施設に打つために
国に認可を提出しているが、
この認可が来るのがいつになるか
わからないくらい遅い。
大体、金の事なんか考えずにワクチンの接種や
PCRセンターに協力しているのに
逆に頭にくる。

国はいかにも一生懸命してるのに、
地方自治体や医師会がだめなので
ワクチンを打つのが遅いと言わんばかりで
こういうやり方に対して
頭にくるというか
もう、あきれるしかない。

っと、一通りボヤキ。


私にとって本当に久しぶりの連休。
いろいろ考えていたが、
結局何もしないで終わりそう。

大体、この60年、5月の連休に
何をしたという記憶がほとんどない人。

子供の頃は親が忙しくて
旅行どころか行楽にも言ったことがない。
強いていえば、
大学生の時に連休にいつも
テニスの大会があって移動も含めて
大変だったことぐらい。
医者になってからは、
休まず仕事をしていたことが
多かった。。。。。。
ああ、悲しや。。。。。。

でも何もしないというのが大事なのかも
4日間ボーとしとこかな。
5月は、ワクチンの接種やら、PCRセンターやら
当番やら休みがなさそう。

ゾッとするわ。!

話は変わるのですが、
私、空港へ行く度に売店で
飛行機のマグネットを買っては
null
診察室の壁に引っ付けていたのだが、
(買う時は子供や孫に買ってやるという
顔をして)
最近空港にいったら、なんと
発着便の大幅な減便で
受付カウンターに人はいないは
さらに売店が半分しまっていて
びっくりした。
(最近、県外の友人がそれを聞いて
何個か送ってきてくれて
こんなに増えてしまった)
null
null

こんなにたくさんあるのに
結構みんな気が付かないもので
何年も前から貼り付けているのに
最近になって気が付く人がいたりする。

こんど来たら見てやってください。
珍しいものがあったら
下さい。。。

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投稿者: ryokusei
あーあーあー

冒頭、いつものボヤキ
国は、病院にこの医療危機にコロナの病床数を
増やしなさい。。。。
一般の人はなんでできないの。。。???

われわれにとっては、とても無理な
話。。。。。

だいたい、国は、高齢化社会に備えて
介護施設を増やして、その変わり病床数を
減らして行っている最中だった。
そこにもって、たとえて言えば
極端な話、急にお産の数がいつもの10倍になったから
病院は、産科の病床数を増やしなさいと言っている
様なもの。。。
お産を見れる医者も看護師も病棟もない。

小売り店にコンビニが足りないから
一時的にコンビニにしなさいという様なもの
仕入れは違うは、扱う品物は違うは
24時間働く人間はいないは
デパート(大病院)は何とか
人員を確保できたり品物を仕入れたり
出来るかもしれないが
小売店(中小の病院)はそうはいかない。

日本に日本料理店が少ないから
一時的に洋食屋さん、中華料理屋さんに
一時的に日本料理店にしなさい。
道路工事をしている業者に
家が少ないから一時的に家を建てなさい
というような物。

無理でしょ?

さらに言えば、住むとこが
ない人が急に増えたから
部屋を一つあけて
他の人を住まわせてください。。。。。

無理でしょう。

それを医師会(同業者組合にすぎない!!)
の制にするやら、病院の制にするやら。

いままでのコロナの対処が
自粛してくださいとか
外出を控えてくださいとか
国民の良心に任せているのと同じで、

いままでも医療に対する使命感のみ
でやってきている人にとって
とても無茶なことを言っている
(こんな時に招魂たくましく
コロナの流行を商売にしているヤカラも
いる様だが。。。)
(コロナを怖がって離職している
医療関係者もおおいし。、、、(;^ω^))

結構、根は真面目??な私は
コロナ治療の真っただ中にいないのがはがいい
(もっと若くて、大きな病院にいれば。。。。)
なんて。

コロナ疲れという人達が多いが、
実のところ治療の真っただ中にいる人間たちは
皆が始める前から
外出、外食は控えているし
移動もしていない。
皆からばい菌扱いされるは
そんな中、診ているコロナ感染者の中には
感染しても仕方ない行動をしている人もいる。

その疲れ方は半端ないと思うのだけど。。。。。

なにか、政府だけでなく、
全ての人の根本がおかしい???

と、ボヤク毎日です。。。。。
いやな言い方だけれども
以前に書いた様にワクチンの問題しかり
マスコミの対処の問題しかり
今の現状は
人それそれの生活がしていたことが
ブーメランになって帰ってきているのですぞ。。

と、今回も他の事を書こうとして
ボヤキで終わっちまった。
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投稿者: ryokusei
最近、見なくなったもの

いつもの様にコロナに対すボヤキから
だいたい、オリンピックは、昨年の2月の時点で
1年後では無理で、最低2年は延期しなければ
いけないと思っていたし、
今回の大阪は、緊急事態宣言を解除した時点で
現状が予測できたし、
我々医療関係者と一般の人との認識の違いなのか
政治家のしがらみかわからないが
もどかしい。(マスクや会食、予防接種に対する
認識の違いも著しい)
あーーーーー

ということで、本題。

最近、勅使町の橋爪というバス停の
前を通った時、
小学校の頃に友達がそこらに住んでいて
その頃そこにあった文房具屋で
ちょっとしたおもちゃを買って
遊んだことを思い出した。
たわいもないことがその当時は
とても楽しかった。

そういえば、学校の近くには
必ず、一件は文房具屋とも駄菓子屋とも
区別のつかない店が必ず一件あったのに
今は、すべてなくなっている。
null

こんな感じで
店には必ずと言っていいほど
ビニール製の縄跳びがつってあっていて
null
おもちゃのボールやバットが
軒先につるしてあった。
もちろん
学校で使うノートや消しゴム
縄跳びなんかが売っていて
学校帰りに寄っていた。

自分がよくいっていたところといえば
花園小学校の近くや
県庁の近くや亀岡町学校の近く、
徳島の脇町の脇町高校前とか
(さすがに高校の前ともなると
本屋さんに近く、参考書まで
おいていたが、それでも
しっかり模型をたくさん売っていた。)

もちろん、縄跳びや鉛筆もかっていた
のだが、
小学校のころは、
駄菓子屋の様なたわいもないおもちゃ
を買ったり、小学校の頃は
どういうわけか小さな
千代紙が流行っていて
null
買ったり、コマやめんこ
まで買っていた。
いろいろな形をした
消えもしない消しゴム
null
中学校のころはそこで
ジュースやお菓子もかって
食べていた。
(安いジュースやお菓子が多く
口の中はオレンジ色やグレープの
色にそまっていた!)

店ごとに少しずつ売っているものが
違って、友達と学校帰りなんかに行って
楽しかった思い出がある。
時代の流れでなくなってしまったのだろうが
今の社会の流れで小さな店ではやってけない
のだろう。。。。
子供自体のニーズも変わってしまったので
あろうか。。。。。


今でもその楽しかった
思い出を味わいたいのか
文房具や(今は小さな文房具屋がないので
自然文具生活の様な大きなとこにゆく)
夢屋(駄菓子屋専門店)、
松屋(おもちゃ問屋)に行くが
なにか違う。


店の雰囲気の制か
おじさんの心が汚れてしまったのか

あーあの頃にもどりたい。
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投稿者: ryokusei
デジタル化の波が、、、、、


当院は、いまでもカルテを手書きでやっている
のだが、今や、ほとんどの
病院で電子カルテを採用している。
ただし、事務の方は計算を
コンピューターでしているのだが。

そもそも何をしているのかというと
全てを電子化して、
結局、カルテをデジタル化することが
目的ではなく、
診療で、カルテを書きながら
おれを元に直接
保険点数をいれて
(医療というのはいろいろな行為が全て点数化
されておりいろいろな行為、例えば診療が〇点
点滴が〇点とかそれを計算してお金を計算する。)
処方箋をだしたり、
レントゲンをレントゲン室でとったら
それをすぐ診察室の画面でみたり
他の科とカルテが共有なので
(基本一つ)
すぐ他の科でなにをしているかもわかる。
そして、診療が終わったら計算が出来ている。

つまり情報をすぐとれたり、
(過去のカルテやレントゲンを
わざわざ出さなくてもすむ)
(以前は、各科ごとに複数カルテを持っていた。)
計算が早くできたり処方箋が早くできたり
その人の過去の記録がすぐ診れたり
するというものである。

こういう風に大きな病院で
検査の場所がはなれていたり、いろんな科があったり
一度にたくさんの患者さんがくる
ところでは有用なシステムである。

最近、患者さんが先生がこちらを見なくて
画面ばかり見ているというのは
そのため(入力が大変なため)である。

逆に言えば、今のところ当院の様な
クリニックではあまり有用性がないのが現実である。

当初は、機械自体が高価なため、
その分人件費が減るというのが売りであったが、
実際は削減どころか
人員を増やさなけらばいけない羽目に
陥っているところもある。

非常に高価な機械であるし、
私自信がまた、仕事が増えるだけで
入れたくないのが現状なのです。

ところが、最近、顔認証しすてむとか
マイナンバーとか、いろいろ
電子カルテありきでの話が多くあり
(強引に電子カルテ化しようとしている)
そろそろ導入を考えなければいけなくなっている。
(私の目の黒いうちは、そのままにしようと
おもっていたのだが。。。。)
(なにか裏で何か強い力を感じる)

究極的には全国で1人1冊のカルテに
したいのである。
つまり、日本全国でカルテを一つにしたいの
です。(ああーこわや)

しかし、なんとも最大の問題は、
電子カルテごとの
ソフトが一つではなく、会社ごとにばらばらで
病院ごとに入力の仕方や形式がちがう。

統一などできるわけがないことである。

つまり、病院が変われば
入力、使い方が違うのである。

実は、機械よりソフトの方が値段が高く、
使いやすくして統一したいのなら
厚生省が統一ソフトをつくって
安くすればすむことで
それならば、全国での導入も早い。

そこは、ホレ!
どの職種でも同じで

根本の当たり前のところで
大人の事情がはたらくのが世の中である。

どこかの企業が、自分たちの企業は、
患者さんのためにいろいろな病院をつなぐ
ネットワークの開発をして
皆様のために
頑張っています的な宣伝をしている会社があるが
営利企業がそういう言い方をすると
正直、いい加減にせいとおもわざるを得ない。


しかし、政策の波は大きく
こんな小さなクリニックでも
その波をかぶらなければならない
羽目に陥っている。

あー、金がないのに。。。。
(# ゚Д゚)(# ゚Д゚)(# ゚Д゚)。
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投稿者: ryokusei
現場は大混乱。

自慢でも何でもないが、

昨年の今ごろ発熱患者が来て
保健所に連絡してPCR検査を依頼したら、
担当者はまるで検査をする気がなく
気の長い私は激怒し
お育ちがいいことばで
“てめえ、なにを今しなければいけないのが
わかっとるのか、
ワクチンが打てる様になるまで
流行を抑えて、それまで我慢しなければ
いかんのだろうが、、、、おら“ と
丁寧に怒った。

今、まさにやっていることが
そのことなのだが、
あと2か月ほど我慢すれば
なんとかなりそうなのに
その2か月が我慢できなかったのだ。
緊急事態宣言は、早くやめるは、
あろうことにgotoで初期対応を誤った。

大体、政府は個人行動まかせで、
初期に流行らなかったのは
志村けんさんが無くなって
国民がビビったに他ならないと
思っている。

現在、コロナのワクチンの接種が
始まったのであるが、
現場は大混乱。

ワクチン業務はだいたい
国な直接地方自治体に委託し
それを地方自治体が医師会に
委託して行うものだから、
自治体の違う高松と坂出では
方法が違う。

患者さんは、毎日、毎日
われわれにいろいろ聞くが、
国でもワクチンの供給量が
予想がたたないので
地方自治体は予定がたたない。

医師会は用意は進めているが
地方自治体自体が予定がたたないので
手も足もでない。

そんな状態です。。。。。とほほ。


日本人は、極度にワクチンに対して
警戒観があるが、
本来ならいづれは近い将来は
いろんな病気に対して
ワクチン接種がなされる様になってくるはずである。
なぜなら、今の医学では病気を事前に
かからない様にできる唯一の方法なのであるから。

いまこのワクチンで狙っているのは
何年かかるかわからないが
このコロナウイルスを
最終的にはインフルエンザの様にすること
あやうくば普通の風邪にすることである。

その可能性はある。
というのも、このコロナウイルスの
初期感染(初めて感染すること)で
10歳以下はほとんど症状が出ないこと。

ということは、
コロナが蔓延しても幼い時に感染していれば
症状が軽く、それ以上の年になれば
ワクチンを打ったのと同様に
抗体を持っているから、
(抗体:一度感染したりワクチン接種を
すればそのウイルスを攻撃する物質が
できやすくなる。)

感染しなかったり、
軽症で済む様になるからである。
そこで、つねに世の中に
そのウイルスがうようよいたら
毎年、生のワクチンを打つのと
同じ様になる。

であるから、今、現在の成人は
(かかると大変になる人達)できるだけはやく
抗体を持たせる様に
どんどんワクチンを打ったら
それだけ、このコロナ自体が軽い病気になる
可能性があるのである。
(10歳以下の子供と同じ状態にする)
でも、この状態では、、、、、、

と、トホホがつづく現状を
一人の町医者として
嘆く今日このごろであった。
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投稿者: ryokusei
ほめて伸ばすのは本当なのか

なにかいいことないかな~

これ私の口癖。
毎日、毎日、仕事をしていると
ストレスになることばかり、
10のストレスも1いいことが
あればなんとか気も晴れるのに
仕事に意欲がでるのに、
という私の考え。

いいことがあったら他人には教えず
自分だけでする。

これも私の口癖。

あーしんど

毎日、の仕事をどうにかこなしているものも
周囲の人間が私のすることに対して
共感してもらって、やっているから。。。。。

決してみんなにほめてもらおうと
頑張っているのではないが
自分がやっていることに
共感してもらうということは
究極的にはほめてもらっている
のと同じなのかもしれない。

しかし、今の社会。
特に若い世代は、ほめてもらう事に
なれすぎて、ほめられいと、
あるいは他人に先に
認めてもらわないと
前に進まなくなってきている様な気もしないでもない。

われわれの時代は
怒られて、けなされて
畜生、今にみていろ
という糧で生きてきたところがある。
医者になってからすぐというもの
アホ、馬鹿、間抜け、といわれ
畜生、今に見てろと思ってやってきた感があり、
結構、周囲でもそういう人間が成功していた。
いろいろな負の部分を糧にして
直接褒められるのではなく、
間接的に褒められることで
がんばってきた様なきがする。

今の社会、昔より個々の競争や
生き残りが試されているなか
教育自体が成績の順番どころか
徒競走の順位さえつけさせない
教育で育っている若者に
怒ろうものならとんでもないことになる。

昔でいうなら、
国民、総おボッチャマの状態に
なってきている様な気がする。
とても今の若者が
自分の老後を養ってくれるとは
思えないのである。

つまり、昔より生き残ることが
大変になって来た世のなかで
昔よりおボッチャまになった
若者が突然その世のなかに放りだされて
さまよっている様な気がするのである。

日本人の悪い癖で
なんでも過剰反応して
過ぎてしまって本質をとりちがえる
自由や平等そして褒めて育てる。

それが証拠にこのコロナの世界で
好き勝手放題して、自分の不利益
ばかり強調している。

褒められないことで他人を
けなすことで相対的に
自分を持ち上げ
自分の行為を褒めてもらおうとは
していないだろうか

世界に目を向けると、日本という
おボッチャマ国家は
以前にもまして
この大変な世界のなかで、
さまよい出して潰れて
いる気がするのである。

中国やロシアの方針は間違っているが
自由を履き違えた自由主義国家は
確実に自滅している。

なんて、雨の日の日曜日
さらに欝になってしまう
私なのである。。。。。
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投稿者: ryokusei
地球防衛軍はできない

邪悪な宇宙人が地球を
征服にやってくると
われわれ人類は一致団結し
地球防衛軍を結成し
最後にはこれをやっつける。

隕石が地球へ向かってやって来ることが
分かって、地球人はその英知を結集して
一致団結してこれを回避する。

めでたし、めでたし。

われわれ、幼稚な人類は、
インディペンデンスデイや
宇宙戦艦ヤマトを
あるいはアルマゲドンやメテオ
などの映画のストーリーを
信じてやまなかった。

人類の危機が迫ると
バラバラな国家やイデオロギーを超えて
団結して、戦うと信じていた。
そう思わなくても
心のどこかで、そうなることを願っていrた。

ところがこのコロナでその
全てが夢であったことを思い知らされた。

人類は一体となって
このコロナという人類との敵と
戦うどころか
それぞれの国家が争って
ばらばらにその対応をした

これが映画であったら
その原因を突き止め、
一体となってワクチンを作り
一体となってこれを全世界に配布し
この人類の危機を制圧する。

そうなるはずだった。
それが、人々がどこかに潜めていた
人類への希望でもあった。

ところが、実際は
国はあらそって、バラバラに
その対応にあたり、

その起源について国家間で罵り合い。
国家がバラバラにワクチンを作ることを
競い、これを金で買いあさり、
いち早く、他の国より立ち直りを
競いあう。どの国も人の命より経済を優先し、

それだけではない。
こんな中でも国家内で対応に
分裂し、人種間の差別もさらにあらわに
なってしまった。

国家どころか個人、個人でさえ
罵り合い、
感染者どころか
その治療に携わる人間に対する
差別さえ出現し、
表では、医療関係者への
感謝という虚栄を打ち出し
自分を納得させるための偽善を打ち出す。

社会は社会で、これを景気に
ウェブによる遠隔社会にしようとし、
未だ、不安定でセキュリティーが
実証もされていないデジタル化を
強力に推し進めようとする。
(この急がれるワクチンでさえ
作るより検証に時間がかかるというのに)
いくら日本のネット環境が遅れているといえども
コロナを利用して便乗しようと
しているとしか思えない。

だいたい、このネット社会への
急変は、コロナでただでさえ
打ちひしがれている
旅行、飲食、交通境涯を
コロナ下で援助しながら
気が付けば強力に
潰しにかかっている様なものである。
(長距離の移動、宿泊、そこにおける
飲食がへってしまうから
コロナの影響が終了しても
そこには本当の打撃がやってくる)

製薬業界には
病院を回るMRという職があるが、
このコロナ騒ぎを利用して
一気にその職を抹殺使用としている。
会社的にはコロナのために
収益が落ちたことにして
(実はコロナのために
収益が落ちたのではないし
コロナの影響だけではそれほど
収益が落ちたわけではない)
また、病院への訪問が
悪影響を及ぼすという名目で、
首を飛ばしまくっている。

つまり、もう世界、国家、人種
どころか個人個人でさえ
この未曾有の危機に
地球防衛軍をつくるどころか
バラバラになってしまって
これを利用して自分の利益にしようとしている。

つまり、人類は未曾有の危機がくれば
実は、一致団結するのではなく。
個々にバラバラになってしまう
ということが今回のコロナであらわになった。

これでは
ガミラスが来ても
宇宙戦艦ヤマトさえ作れずに
人類は消滅してしまう。

ああ

人類という動物の
愚かさよ

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投稿者: ryokusei
痛そう

だんだん、コロナの予防接種が
行われる様になっているが、
テレビで接種の様子を
見ていると、
我々が見ても
“いたそー”

日本は、インフルエンザなど、
皮下注が中心だが
今回のコロナは筋肉注射
深いところまでさすので、
直角に近い角度で肩にうつ。
斜めに小さな針で打ち込むのと
直角に長い針で打ち込む違いがある。

まだ打っていないので
どれぐらい痛いかがわからないが
注射の痛みは、
その注射液の内容で決まることがおおい。

浸透圧、分子量等で決まる。
つまり、染みやすさと液の内容の粒の大きさ等

あとは、針
当院では、インフルエンザを打つ時に
バイアル(瓶)からとる針と
打つ針を変えている
(バイアルのゴムに針を刺すときに
針の先が金属といえども
小さく曲がるから
切れが落ちる)
このコロナの摂取では刺す針と
打つ針を変えていない
(お金がかかるから)
痛そーーーーー

次は、痛点。
皮膚は、どこでも痛みを感じるわけでなく
痛みを感じるところや
熱を感じるところや
圧を感じるところがある。
そこで、どこに針が当たるかで
痛みが違う。
これは、運。

よく、注射の上手、下手といわれる
ことはあるが、偶然のことが多い

しかし、静脈に注射するときや
血管より血液を採るときは、
やや違う。

悲しいかな、子供に注射する時は、
まず、皮膚の感覚か高齢者の
感覚と全然ちがう。
(年齢が行くと皮膚が薄くなってゆく
へたをすれば高齢者は皮膚がにげて
なかなか刺さらない時もある。)
また、血管に刺す時は子供は
血管に弾力があり“プツ”という感覚がある。
(高齢者はいつ入ったかわからない)

血管自体に入る、入らないより
問題は、入りやすい血管を見つけられるか
どうかにかかっていて、
血管がない人やもろい人はだれがやっても
入らない。
(皮下脂肪が多い人や病気で体がからからの
人はそれはもう大変である)

しかし、最大のコツは、
注射を打つ相手が痛いと思って
打っているかどうか。
注射をするとき、注射をされる側の
痛みを考える人間は
なかなか上手くは注射できない。
むしろ、相手を人間と思ってない人ほど上手なのである。

試しに痛がったり、恐がってみてください。
なかなか入りませんから
それでも普通に注射できる人は
スーパー上級者です。
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投稿者: ryokusei
ここのところ
高齢者施設での見取りが
つづいていて
さすがに、疲れてきた。
体力的にもきついが
たとえ看取り状態の人でも
毎日診ている人が
精神的につらい。

そんな中で、

テレビで毎日コロナの
話をしているが、
私なんかは、気になる点が
一杯ある。

先ず、一つに医療現場のひっ迫を
理由にみんなに自粛を呼びかけること
なにかおかしくない??

これでは、医療現場の人間の
ために自粛させているみたいに
なっているではないか。
政府や報道の策略かもしれないが、

これは完全な責任や、憎悪の対象の据替です。

そうではないでしょう。
人が死んだらいけないからでしょう。

毎日病床数の利用率の報告でことを決めるのではなく
毎日の死者数や感染にかかって
後遺症で苦しんでいる人の
数でものをいうべきでしょう。

重傷者の数を時々協調するが、
重傷者が減ったら
医療のひっ迫度が減ったでも
の言い方だが、
重傷者が減ったということは
それだけ死者数がふえただけでしょう。

(重傷者とは呼吸器管理していなければ
いけないので、中等症の中では
本来重症なのに、家人が呼吸器までつけて
積極的に治療をのぞまない人がいるので
重傷者から飛んで死者になる人が
多数いる)

これだけ毎日死んでいるから
これだけ毎日後遺症で苦しんでいる
人がでているから
自粛してくださいでしょう。

その上で医療現場自体へも攻撃する。
このままでは医療現場が崩壊する。。。。。
外国では崩壊していないのに
日本ではなんで、、、、、、
日本の医療体勢がもともと悪い
という言い方。

一つ、医療現場の崩壊??
どの業界も同じであるが、
通常と異なることがあればすぐ
その世界は崩壊します。
東北の地震のときは
医療現場だけでなく、
あらゆる分野で崩壊が起こっています。
どの業界でもどの分野でも
とてつもない異常に対処しながら
物事をまわしてはいません。
そんなとてつもない異常に対処して
物事を動かす余裕がある
世界はありません。

医療も含め、一応東南海地震を
想定して準備していますが、
私に言わせれば、医療現場は
地震発生直後から全く機能しません。


また外国ではなかなか崩壊していない
といいますが、
外国でも発生当初から
すでに医療現場は崩壊状態です。

その上で、
この病気に対する死者への軽視が気になる
毎日日本で100人以上が
無くなっているのに
それに対する感覚が
あまりにも軽い。

高齢者やリスクを持っている人
は、死んでもしかたない
という風潮は、許せない。

それでは、私が毎日
診ている人たちは
大半が65歳以上だし
大半が何等かの病気をもつリスクのある
人たちである。
そういう人達は
死んでも仕方ないというのか??

とつかれた心がさけぶのです。
あーつかれたつかれた。

追伸

そのどさくさにまぎれて
コロナに便乗して
レジ袋の有料化や
マイナンバーカード、キャッシュレス
を強引に導入するな。
コロナが終わってからにせい。。。
もう、手一杯じゃ。。。。

なんて思うのは私だけ???