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May 2018 の投稿一覧です。
カテゴリー: 総合
投稿者: ryokusei
前回話した通り、
5本目で私に回ってきて
私はキャプテンで、
相手は、5番手の選手で、すべてが
悲願達成の絶好の舞台

試合の前に軽く相手と練習の
打ち合いをするのだが、
その時なんと私のラケットの
ガットがブツんと切れた。
(本当は、大会前に張り替えておくのだが
調子が良すぎてそのまま張替えずに
大会にはいってしまった)
その途端、私の中のなにかが切れた
その後は何も覚えていない。


結局そこで敗れて、悲願達成にならなかった。
この時は、キャブテンという重責や、いろいろ
なことが重なり、周囲のみんなからは、
5年、6年の先輩たちやOBも
慰めの言葉の嵐であった。。。。。。


んーーーが、、、、、
半年も過ぎれば、
“あの時おまえが勝っていたら、、、、”
“ああ、これで二度と全医体に出れない。。。”
という言葉の嵐であった。

スポーツマンなんて
皆、こんなもん。???????
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投稿者: ryokusei
話のついでに余談ではあるが、
よく、高校野球で、一つのエラーで
勝利を逸したり、
ちょっとしたミスで優勝を逸したり
して、
ミスをした選手が周りに慰められる
いわば感動にもにた光景をよく見るが、
これは、、、、、、、、、


先に話した様に大学で、主将の時に
九山という大会で優勝したのだが、
夏にこの上の大会で、
西医体(西日本の医学部の大会)
があり、これでベスト4にはいると
全医体(全国の医学部の大会)に
行けるのだが、

我がクラブは、全医体に出ることが
かねてからの悲願であり、
(先に話た様に医学部といえども
当時はかなりレベルが高く
全医体ともなれば、全学生大会にでる様な
選手ばかりの大会であった。)

九山優勝校として
(全医体優勝常連の熊本大を破った大学として)
なりもの入りでこの大会に出場し、
決勝のトーナメントで、これに勝ったら
悲願の全医体出場。。。。
という場面で、

5本勝負で、2対2で最後の5本目の勝負が
私のペアに回って来て、
相手の力を考えると、これで、ほぼ悲願の全医体出場は
間違いないという状態であったのだが、、、、、、
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投稿者: ryokusei
本当にごく小さな話にはなるが、
前に話した様に大学時代軟式のテニスをしていた。
大学3年~4年の時、主将をしていたが、
ちょうど今頃5月の連休の間に
九山という医学部だけの大会があり、
(九州、となぜか山口県にある医学部
9校の対抗戦)
その時、団体優勝した。

以前にも話たことがあるが、
当時は、軟式テニスも今より競技人口がおおく、
また、大学自体も今の医学部より緩い
ところが有り、熊本大学や長崎大学には
医学部に全学の選手がウヨウヨいて
とてもレベルが高い状態で、
それに勝つのは結構大変だった。

そんな小さなことでも
優勝して、皆の前で胴上げされて
優勝カップでビールを一機のみして
騒いだことが、頂点で、
その後はその頂点の短さと
はかなさと、むなしさ
を感じた。

それには比べようがないほど
馬鹿でかいオリンピックや
ワールドカップの優勝という
頂点を味わった人たちは
どうなのか、想像もつかない。
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投稿者: ryokusei
しかし、オリンピックを見ていると
私の様な年配になると
アスリートたちの喜びとともに
逆に、このアスリートたちが
人生の前半で味わってしまった
悲哀を感じることがある。
そこに栄光を冷めた目で見る自分がいる。

オリンピックの表彰台ともなると
われわれ凡人が味わったことのないような
とてつもなく高い頂点に立つに違いない。
でもその歓喜がそこからゆっくり冷めて
行き、いわゆる燃えつき症候群になって
しまう人間も少なくない様に感じる。

ニュースなどを見ていると
その後の人生は大変なことが多い様な気がする。

プロ野球やサッカー、ゴルフなど
プロの世界でも活躍している頂点を過ぎ
引退すると、その頂点が高すぎるほと
その後がさみしいものである様に感じる。

高校野球の優勝のシーンなんかを見ると
この子たちは、一生この頂点を
探して、背負って、生きてゆくのだろうという
勝手な想像をしてしまう。

そもそも
われわれ見る方が、その時は共感し、
歓喜するものの、
それが終わると、何もなかったように
冷めてしまう。
それが悪いのではあるが、、、、、、