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August 2018 の投稿一覧です。
カテゴリー: 総合
投稿者: ryokusei
割り込みの話。

制服の話をしていておもいだしたのだが、
学生の頃は、白衣を着こなすことを
憧れにしていたが、

もう一つレントゲン写真を
明るい方向にかざして
見る姿に憧れたものである。
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今では、デジタル化して
そういう姿さえ見なくなったし、
CT,MRI、Echoが、
当たり前の様になった時代では、
レントゲンの診断価値が低下してしまって、
そういう姿を見ることはもう
なくなってしまった。

当時は、患者さんの話をきいて、
他覚所見(聴診、触診など)から判断して、
すぐ、血液検査の結果がでなかった
時代。レントゲンの価値は、
計り知れないものがあった。

それを、真剣に見ることに
当時の医者の価値があったし、
憧れでもあった。

ちなみに、明るい方にむけて、
レントゲンをかざしてみるのは
近くにシャーカステン(昔診察室に
あった、おおきな電気)
がない時。

その姿が無くなってしまったこと
に、時代を感じるとともに、
さみしさを感じる。。。。。。

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投稿者: ryokusei
またまた
制服についての余談ではあるが、
1970年代であったと思うが、
制服廃止論争があったことをおぼえてる。

詳細は、記憶していないが、
小、中、高校生の
制服は、経済的に高いということが主で、
生徒の統一化が、よくない
等の理由で、
制服廃止論が強かったことをなんとなく
記憶している。

しかし、
当時、また高校生か中学生であったのだが、
私服を着ればよいことで、何万もする
制服は、経済的によくないという保護者の主張?
を聞いていて

私は、、
当時から、私服で学校に行くことになると
思春期の子供は、同じ私服を毎日着ることは、
嫌がるであろうし、それなりに、いろいろ私服を
購入しなければいけないし。
また、その私服自体が、同じ私服を毎日着ている
だの、高いブランドものを着ているだの
、いつも同じものを着ているだの、
それ自体がいじめの対象にもなりかねない。
と思い、当時、制服廃止に対しては、
反対であったのを覚えている。

また、制服というのは、生徒にとっての
どんな時でもフォーマルウエアという
便利な点があり、当時からそれには反対であったこ
とを覚えている。

10年ほどかなり論争があった様におもうが
いまでは、制服自体を売りにする高校も
多く(アルマーニは論外だが)
田舎の香川県では、幼稚園から高校まで
制服で、ほとんど異論をとなえる
声は、以前の様には聞こえない。


あれは何だったんだろうか


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投稿者: ryokusei
制服の話の余談。

制服というものは、
一律で、同じデザインで、みな
同じ様に見えるのだが、
反面。。。。。。。。

職業病というかなんというか、、、、
我々の時代の医者は、患者の隅々まで見て
カンを頼りに診断するところが多々あり、
患者の服装も診断の一つの補助にするところがあり、
その癖なのか、私の性格なのか、

ナースの制服の服装が細かいところまで
目にはいってしまう。

制服というのは皆同じなのであるが、
反面、個々を比べ安い。
きこなし、襟のまがり、袖の汚れ、
はたまた、ボタンがとれていたり、
ベルトが歪んでいたり、ちいさな毛羽が
ついていたり、
結構、個々に違いが出てきて、
その個人の性格あるいは生活が創造できて
それがまた、結構あたっているのである。

制服を着て仕事をしている方は、
周囲を見回して、見てみてください。

それから自分の服装をチェックすることも
おわすれなく。
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投稿者: ryokusei
話は、さらにコアになってゆくが
ナースキャップには、
以前、婦長や、主任は
それとわかる様に線が、はいっていた。

これもまた廃止になった。
人権や何やらに引っかかるそうだ。

“誰がそんなこと言いやがる!!”

お店で物を買うとき
われわれは、店長や、主任を探すことがある。
それと同様に病院では、
患者さんやその家族は、
婦長や、主任を探したりすることが
たびたびある。

しかるにそのニーズには
答えられないということである。。。。。
(じろじろ名札を診なければいけない)

世の中、なにかがおかしいし、
なにかを履き違えている気がする。

ちなみに私は、白衣を着なければ
ただのおっさんである。

白衣は、予防着というより
医者であることの表明であり、
周りにそれを知らしめる衣装である。

学生の時、白衣を切ると
なにかしら、もの恥ずかしさを
感じながら、医学を実践すること
への意識の高ぶりを感じつつ

“私は、まだ医者でないから声を
掛けないで、、、“と、
思っていた。
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投稿者: ryokusei

他業種に目を向けてみると
一番は、警官が思いつく。

警察官の帽子は、機動性が落ち、
いろいろなことに邪魔になると
いうことで、アメリカを
中心にあまりかぶらなくなった。

しかし、結局今でも制帽というものが
残っているし、それが、警察官である
という周囲に対する威嚇、威厳に
なっているし、本人の気持ちも
そうなのではなかろうか、

軍人に関してはもっとそうである。
軍人は、特に戦闘以外の服として
何種類か制服が存在し、もちろん
制帽も存在する。
これが軍人の威厳であり、
威嚇でもあり、職業への誇りでも
あるのである。

つまり、警帽をかぶっていない警官
は、どことなく威厳がないし、
なんとなく頼りない。
(いまの柄付きの帽子は頂けない、、、)

それと同じことが、ナースキャップにも
言えるのではなかろうか。

周囲への職業の掲示とともに
本人の職業への誇りが感じられる
ものなのではなかろうか。

合理性の追求は、なにか物足りなさを
感じるものである。