栄光はいつか消え去る

これは、こころに残った映画のセリフの
一つ

原文はしらないが、
1970年のアメリカ映画
パットン大戦車軍団
の最後のセリフを
最初にテレビ放映したときの最後のセリフの
日本語訳である。
(栄光はうつろいやすいと訳しているものもある)

相当、意訳しているとおもわれるが
何十年もテレビで見た映画のセリフが
今も心にのこっている。

第二次世界大戦のヨーロッパ戦線で
活躍したアメリカの将軍、パットン大将の
半生を描いた映画で、
実際に戦争が好きだ
ということをはばからない猛将であったが、
戦争が終了するとともに軍人としての
仕事が終わり、その活躍と栄光は
終わってしまう。
史実でも終戦の年に交通事故でなくなってしまう。

いま、オリンピックをみていると
このセリフが頭に上ってくる。

長年の練習、努力、苦しみ、プレッシャーに
耐え勝ち取った勝利を満面の笑みで
喜ぶ姿に感動するとともに
日本国中が祝福をして
うらやましいほど輝いて見える。

ただ、
おじさんは、その人生の頂点に
20歳前後で、たったことを
心配するのである。
(妬み???、嫉妬??)

今まで、夏、冬を通して
いろいろなメダリストがいるが、
皆が決して、以降の人生を過ごしている
とは思えないからである。

右も左もわからない20歳前後の年で
さらに、一生懸命、スポーツの世界で
生きてきて、周りの社会をしらない
人間が、人生の頂点に立ち、周囲からちやほやされて、
へたをすれば利用され、その後の人生を見失っても
仕方がない気もする。

高校野球で活躍した選手が
急に大金をもらいプロ野球にはいって
ダメになって行く選手がいる様に

スポーツ界でなくても
我々の世界でも教授が定年で終了すれば
一部の教授をのぞけば
もう、学会でもただの人になってしまう。
学会に名もなく出ている元教授を見ていると
その姿に寂しさを感じるのである。

外来で高齢者も
わしゃー若いときは〇〇〇という言葉をよく聞く。

人間だれしも、いいときを引きずって歩き
それにしがみついて生きていきがちだが、
オリンピックのアスリートたちの頂点は
凡人にはとてもわからないほど高いところに
あるだけに、その頂点への思いは
想像を絶する。

大した頂点を持たない私でも小さな頂点に
しがみつきたくなり、引きずって生きている

しかし、頂点というのはそれを越したら
坂を下って行く。
いわば、オリンピックでいうと
勝利を得て歓喜のおたけびを上げた瞬間が頂点で
その瞬間から頂点から降り始めているのである。


オリンピックは一種のお祭り
お祭りが終われば
反動の寂しさが残るのが
世の常
あーさみし
映画好きは、1968年の冬のグルノーブルオリンピックの
記録映画の“白い恋人たち”のラストシーンを
思い出すのではないだろうか。


栄光はいつか消え去る


おじさん鬱??暗い?素直じゃない?