論文捏造は172本 学会「世界最多」 元東邦大准教の論文不正

 元東邦大准教授の麻酔科医・藤井善隆医師(52)の論文に不正の疑いが持たれている問題で、日本麻酔科学会(森田潔理事長)は29日、藤井医師が執筆した論文212本のうち少なくとも172本にデータ捏造(ねつぞう)の不正があったとする調査結果を発表した。学会によると、不正が認定された論文数としては世界で過去最多という。【久野華代】

 調査対象は1991~2011年に国内外41の専門誌に発表され、藤井医師が著者に名を連ねた212本。このうち93年以降の172本については、投薬記録や生データが存在しないなど、実験が実際に行われたことが証明できないことから「捏造」と判断した。「捏造なし」は3本しかなく、いずれも別の研究者が筆頭著者を務めていた。残る37本は捏造の有無を判断できる十分な情報が得られなかった。

 藤井医師の論文を巡っては今年4月、国内外23の専門誌の編集長が、撤回済みの8本を含む193本に「捏造や改ざんの疑いがある」として、関係する大学や病院など7機関に調査を要請。複数機関にまたがることから、同学会が設置した調査特別委員会が調べていた。

 藤井医師への調査は3月と6月の2回実施。共著者36人にも面接または書面で調査した。藤井医師は論文の根拠となるデータの提出に応じない一方、「捏造はしていない」と反論しているという。

 論文の多くは、手術後に生じる吐き気を抑える薬の効果を動物や人間で調べたもの。対象者がいたはずの病院に残る過去の記録と、藤井医師の論文に登場する数を比べ、数が合わないものは「捏造」とみなした。ある論文では実際には59例しかなかった乳がん手術が700例に増えていた。

 学会はこの調査結果を専門誌側に報告する。捏造が認定された論文はすべて撤回される見込み。また藤井医師は公的研究費など440万円を受けており、それらと不正との関わりについて関係機関が今後調べる。

 約20年間も不正が見逃された原因について、29日記者会見した調査特別委員長の澄川耕二・長崎大教授は「周辺では(不正の)うわさがあったようだが、学会として告発を受け付けるシステムがなかった。今後は告発を受けて調査する態勢作りを進める」と述べた。藤井医師は東邦大から2月末付で諭旨退職処分を受けているが、学会内での処分は8月に決める。

 ◇昇進「人物より論文数」

 史上空前の論文不正の背景には、昇進や研究費が論文の数や掲載誌の格で変わる、研究界独特の慣習がある。さらに今回の不祥事は、意図的な不正を見抜けない学界の限界も露呈した。

 「昇進して教授を目指していたのではないか」。29日の会見で、調査特別委員長の澄川耕二・長崎大教授は捏造の動機をこう分析した。大学に勤める医師は教育・臨床に加えて研究も重要な業務で、論文はその結晶だ。

 ある麻酔科医は「教授選では多くの人が、その人物より論文が載った雑誌のインパクトファクター(IF、雑誌の影響力を示す数値)を基準にする」と語る。

 IFは値が高いほど「格上」とされる。藤井医師が論文を投稿していた専門誌のIFは5~3と「それなりに一流」(澄川教授)だった。だが200本以上の論文を量産しながら、藤井医師が教授になることはなかった。「一流誌に載れば周囲からほめられる。(藤井医師にとって論文投稿は)麻薬のようなものだったのでは」と語る関係者もいる。

 研究倫理に詳しい愛知淑徳大の山崎茂明教授(科学コミュニケーション)は「医学論文は社会に大きな影響を及ぼすのに、専門誌は悪意を持った不正をチェックするシステムになっていない。今回の問題では共著者にチェック役がいなかったことも問題だ」と指摘する。

 藤井医師の虚偽の「成果」がもたらす影響について澄川教授は「命に関わるような報告はないが、論文を信用してその通りに薬を投与する医師がいれば、副作用は起こりうる」と警告した。

 ◇なぜ見過ごされた? 40以上の雑誌使い分け

 藤井医師は不正論文のほとんどを一人で書いたとみられるが、著者には他大学の研究者や医師の名前が連なる。計55人に上る共著者の多くは、その事実を藤井医師から知らされておらず、結果的に不正に加担したことになった。

 学会は「論文で紹介している実験はとうてい一人でできるものではなく、複数の機関の複数の著者を入れることで、疑われた時に弁解ができるようにしたのだろう」と推測する。通常なら論文の表紙には著者全員の自筆サインが必要だが、藤井医師が偽造していた可能性もあるという。

 共著論文の多くに名前を連ねた藤井医師の上司について調査委は「関与しなかったとはいえ責任は重大だ」と指摘。上司は毎日新聞の取材に「話すことはない」と答えた。

 投稿先は、麻酔学だけでなく多分野の40以上の専門誌。投稿先を使い分け、一つの雑誌に投稿が集中し疑われることを避けたと見られる。

 「あたかも小説を書くごとく研究アイデアを机上で論文として作成した」。調査報告書はこう結論づけた。会見で澄川委員長は「想像をはるかに超える。研究者としての良心がまひしている」とうめいた。


わが母校でこんな事が...
麻酔をよくかけて頂いていたがこんな人だったとは残念です。